神奈川県にある免震建物でのエピソードです。1階が商業施設で、2階以上がマンションになっていて、建物全体が免震建物になっていました。その免震マンションは、竣工から10年経過していました。ところが、その間、1回も免震点検を行っていませんでした。
多くの県では、大きめのマンションは特定建物に該当しますが、神奈川県では、現在のところ、マンションは特定建築物に該当しないことになっています。
もし特定建物に該当していたら、地方自治体の制度によって異なりますが、おおよそ2~3年に1回程度、建物の装置の点検を行い、それを自治体に報告する義務が生じます。
今回のエピソードでご紹介する免震マンションも、特定建築物に該当しないということで、免震装置の定期点検が行われていませんでした。
マンションの管理会社としては、「さすがに10年も点検しないのは良くないだろう」ということで、管理組合の許可のもと、10年目のマンション点検に合わせて、免震点検として定期点検(計測点検)を行うことになりました。
10年間、免震層の入り口は開かずの扉になっていました。入口を開けて中に人が入るどころか、中を覗くことすらしませんでした。
免震装置がどのような状態になっているのか、免震点検技術者としは、嫌な予感がします。
免震点検当日、免震層の入り口となっているマシンハッチ周辺にカラーコーンを立てます。免震装置の出入り口のマシンハッチを開いたまま作業をするので、マンションの住人が怪我をしてはいけないためです。
そして、マシンハッチを開いたら、マシンハッチ内側の金属部分が錆び錆びでした。免震層の壁に設置されたハシゴで床まで降りようとしましたが、床が水浸しでした。免震点検では、耐水性の靴を履いて作業をしますが、ゆっくり歩かないと、靴の中に水が入ってきそうなぐらいです。
ともあれ、免震装置の写真をご覧ください。免震ゴム上部の金属部分は塗装が剥がれて垂れさがっており、ボルトも錆びついていました。この写真は、錆が酷い装置の写真ではありません。20基程度ある免震ゴムが、すべて錆びていたのです。
今回の免震点検では、定期点検を行う必要がありました。インサイドマイクロメータを免震ゴムに当てて、高さを計測しますが、金属部分の上下が錆びていない場所にインサイドマイクロメータを当てる必要があります。インサイドマイクロメータを当てる部分を探すのにも一苦労しそうな免震装置もありました。
免震装置が錆びていたり、塗装が剥がれていたりしたら、そこを部分補修します。この部分補修のことを「タッチアップ」と呼んでいます。
タッチアップをするためには、錆や塗装の剥がれが部分的である必要がありますが、この免震マンションでは、全体的な塗装のやり直しが必要です。
また、塗装を行うとしても、免震層内の湿度の高さを何とかしなければなりません。つまり、免震層内の湿度が85%以上、気温が5℃以下だと塗装ができないのです。
免震層は意外に暖かいので、免震層内の温度が5℃以下になることは稀です。免震装置の塗装やタッチアップができない理由のほとんどは湿度です。
塗装作業を行う前に、免震層内の換気を充分に行い、補修を行います。このマンションの場合は、免震層内にたまっている水を排水することから始める必要があります。
免震装置に塗装をする場合、タッチアップは部分的に一層塗りをします。全面塗装の場合は、装を剥がして、錆びを取り、塗料を二層または三層に塗ります。その場合、一層塗ったら1日寝かせて乾かし、上塗りします。上塗りの回数に応じて、作業日数が異なってきます。
免震装置の塗装を二層に塗るのか三層に塗るのかの決定は、免震装置の補修要領に従います。
この神奈川県の免震マンションでは、免震点検を毎年とは言わなくても、3年毎に行っていたら、今回のエピソードのような免震装置の塗装が全面的に剥がれていたことを防げた可能性が高いです。
例えば3年目で計測点検ではなく、目視点検だけでも行っておけば、免震層内に水が溜まっていることをご指摘いたしますので、排水はできていたことでしょう。そして、部分的に錆びている箇所をタッチアップし、今回のような大掛かりな補修工事になることを避けられた可能性があります。
ともあれ、10年目で点検を行ったことは幸運でした。実は、現存する免震マンションの数と、免震点検を行っている免震マンションの数は、大きな差があります。免震装置にはメンテナンスフリーを謳っているものもあるからでしょう。免震装置がメンテナンスフリーでも良いための条件は、もちろん免震層内の環境が良い場合だと思います。
特定建築物に該当しない免震マンションは自治体への点検報告義務はありませんが、定期的な免震点検の実施をお勧めいたします。
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